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デルス・ウザーラ考 [日常雑記]

そういうわけで、昨日『デルス・ウザーラ』を見た。
こんなに静かな映画だったかな、という印象だ。
台詞も少なく、出演者のわずかな身振りで心情を豊かに伝える。
BGMもほとんどなし。それだけに一度だけ流れる兵士たちの合唱が沁みる。

当時の極東には、いろんな民族が入り混じりっていた。人など自然の前ではちっぽけな動物の一種族でしかない。
デルスは先住民のゴリド人。デルスが、焚き火の前で木を削り、一端を残して枝状のものを作り、火にくべる、祈りのようなシーンがある。 それはアイヌの作るイナウに似ている。諏訪の御柱祭でも、同種のものをオンベ(御幣)といって先導する者が掲げる。 共通の祖をもつ習慣なのかもしれない。

デルスももちろんだけど、カピタン、アルセーニエフがいい。
デルスへの最初の一言は、何者か、でもどこから来た、でもなく
「何か喰うか」。
家から出て行く時、跪こうとするデルスの手を握り、同じ目の高さで話す。
銃を渡す時、これを持っていけ、ではなく「受け取ってくれ」。
最後の最後まで、デルスへの友情と敬愛をかかさない。
言葉や表情が少ないだけに、台詞やしぐさのひとつひとつまで丁寧に考えてある。

そんなデルスをはじめ登場人物たちの、大自然の中につつましく暮らす自然観は、東洋人には馴染み深いものだ。やはり西洋人、ロシア人でなく東洋人の黒澤だからこそ描ける自然観だっただろう。

また、今見るといろいろわかることがある。

物語の冒頭。
晩年の将校が、昔の友を埋葬した森を訪ねるところからはじまる。だが森は開拓のため切り開かれ、目印にした大木も切られ、丸太がころがるばかり。かつての面影もなく、将校は立ち尽くす。

デルスとの探検は1902年、07年。
日露戦争 1904~05年
ロシア革命は1917年。
ソビエト連邦成立が1922年。

冒頭のこのシーンは、ロシア革命後の、社会主義国家建設の時代ということだろう。唯物史観のもと、古いものや精神的な価値は否定されていく。太陽も、獣も、火も、「ひと」と呼ぶデルスの自然観は、唯物主義とは相反するものだ。
のっけから黒澤は、旧ソビエトと現代の唯物主義に対する批判を突きつける。

一回目、二回目の探検の間に5年のブランクがある。 映画では描かれないが、その間には日露戦争があった。
後半の探検、1907年に将校は再び極東を訪れ、デルスと再開を喜ぶ。抱き合って子犬のように喜ぶ将校とデルス。
日本人の黒澤が、ソ連の全面協力で、この映画を作ったということには象徴的だ。いろんな意味で価値ある日ソの合作だった。

全編に、現代を覆う唯物論に対する批判が込められているように感じる。
それを許したソビエトは、いわば道化を身近に置いて、自分を批判させたリア王のようだ。
数々の文豪を生んだ文化的深みは、ソ連時代にもいくらかは受け継がれていたのかもしれない。

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アルセーニエフを演じた、ユーリ・ソローミンという役者、「おろしや国酔夢譚」に出てたような気がした。調べてみたらやっぱりそうだった。
映画での場面というより、撮影のドキュメントに記憶がある。
緒形拳の熱演の後、後ろから静かに拍手を送っている姿を思い出したのだ。
その姿がカピタンそのものに見えたように記憶している。、



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